赤毛が跳ねる。小さい微笑を向けてくれる。
晴天。お祭り騒ぎの中、私と少年は二人で歩く。周りから見れば、少しだけアンバランスな背丈の二人だった。



敗北宣言



向けるレンズには必ず映る少年。心を躍らせた。
マイクで冷静を装って叫びながらも少年の安否だけを気にした自分が居た。
笑顔に囲まれて、それなのに自分自身は頑なに閉じこもって拒絶している。そんな少年がいて、どうして気にかけずにいられるのだろう。
最初はそれだけだった。


熱気が肌に纏わりつくような、人ごみの中を掻き分けるようにして歩いていた。
彼はいつものピシリとしたスーツではなく、パーカーのついた私服を着て来てくれていた。出会い頭、それはいつも、生徒の一人ではないと感じられる嬉しすぎる瞬間。
「うわあ、髪下ろしたんですか? やっぱり綺麗です!」
ころりと。女の子を落とす手段を心得ているのではないかというほどのネギ君の言葉に、ふざけて「馬鹿」というしかなかった。
これじゃあ千雨っちのことも、夕映っちのこともからからかえない。
苦笑をもらしながらも、ネギ君に手を引かれて歩き出す。
麻帆良祭もそろそろ佳境に入っていた。武道大会の所為か、例年にも増して盛り上がりをみせている。本来ならば私は写真をスクープをと駆け回っていただろう。だけれど今の一番は、そんなものではなかった。
スクープを追いかけるのも大切なのは大切だ。いつでも取り出せる場所にデジカメが収納されている。
専ら、今一番のスクープは今麻帆良祭一番のヒーロー。視線は彼だけを追っている。
「あ、朝倉さん、あっちクラスの人たちが何か出し物してるみたいですね」
そんなネギ君は、きっと外見がそれであればとても子供には見えない完璧なエスコート。本来ならば年上である自分がすべきなのに、何故か彼の前では上手く立ち回る事ができずにいた。
名前を呼んでもらっただけで情けなく頬など染めて、幸せで。
――ずるいなぁ、もう。
思いながら、綻んだ顔のまま私は彼についていく。
「あれ、明日菜さんどうしてここに」
そこでは明日菜が屋台についていた。どうやら焼きそばを焼いているようで、挨拶をするネギ君に、額に汗を浮かばせながら笑い返していた。
「あはは、ちょっと美術部の子に頼まれちゃって。こうしてればマスコミも構わないかなってね。さすがに堂々としてると思わないでしょ。それに営業妨害になるしね」
「それちょっと違うような……。でもそうなんですか。僕の方は大変だったんですよ〜……」
「ごめんごめん。でも茶々丸さんや千雨ちゃんと一緒に逃げてたらしいじゃない。楽しかったでしょ?」
「そうですね。大変でしたけど、いろいろ回れたのは楽しかったです」
和やかに会話をする二人。保護者のようで、姉弟のようで、恋人のような二人は、見ていて微笑を誘うようなものだったのだろう。隣で同じくお客に商品を売っていた女の子が、くすりと笑っていた。
私は、手持ち無沙汰だった。なにをするでもない。会話に割り込む気にも何故かなれない。後ろでさよちゃんがおろおろとしていたけれど、それにちいさく片手をあげて返した。それが限界だった。
目の前の二人を見詰めるのに精一杯で。
――大丈夫、私は。
「えっと、それでなんで朝倉はネギなんかと一緒にいるの?」
「えっ……」
必死に湧き上がるものを押し込めて居た自分にふられた唐突な言葉に、咄嗟には返すことが出来なかった。突然すぎるというのもあったけれど、それまではただ明日菜とネギ君の二人以外誰も立ち入る事が許されていないかのような空間が出来上がっていたからだ。
私がそこに入っていいのだろうか。
喉がからからになりながら、逡巡する。
やけに暑くて。出ている腕や顔が焼けるように暑くて。ジーパンではなくスカートをはいてくればよかったかなと考えてみたり。そんなことをしていると、当然のように明日菜の表情は怪訝なものに変わっていく。
「恋人さんですから」
焼けるように熱かった腕を、隣に居た少年が引き寄せてくれていた。小さな、でも自分にとっては大きなその少年が、目の前の彼女に笑いかける。
「朝倉さんは僕の恋人です。だからデートしてるんですよ」
そうですよね。と、そうこちらに微笑むネギ君を見返す自分の顔は、鉄板に仰がれてい熱を帯びていた明日菜よりも、その場の誰よりも赤かった。
驚愕に引き攣る少女の顔。明日菜にごめんと心のなかで呟きながら、だけれども嬉しさでいっぱいだった。
嬉しい、嬉しい。
すごく、嬉しい――。
「あ、朝倉さん?」
ちょっと慌てだしたネギ君。可笑しくて、やっぱり口元は綻んでしまった。もっと大人の余裕でもって肯定したかったんだけど、もういいや。
そんな気にさせられる。それほど嬉しい言葉をくれたネギ君に頷いた。
「うんっ!」
呆れた顔で明日菜が返す。
「ま、がんばりなさい」
「もちろんですよ」
そう言って、ネギ君は手を私のほうに差し出す。そろそろ他の場所にいくのだろうかと思いつつ、その手を取ろうと伸ばす。
だけどその手は、絡み取られるどころか引き寄せられた。急に傾いた体を静止させることなど出来なくて、彼の顔が近づいて――そこで思考が止まった。
頬に触れた柔らかな感触に気付いたのは、ちょっとした騒動が起ったあとだった。

息を切らせて走っていた。
手を引かれながら、首の後ろで揺れるパーカーを眺めていた。
大会準優勝なだけあって、運動神経は群を抜いて良く、むしろ速度を合わせられていた程だ。自分自身運動神経は悪い方ではなく、むしろ良い方だと思っていたが、実際にあの人間離れした動きを見せられていたら比べようもない。もし全力で走られたら引き摺られるどころではなかった。
そんな私達が走っているのは、やはりというか、ネギ君のキスからで。
頬といえど、相手は今注目の少年ネギ・スプリングフィールドである。誰かが――この際言ってしまおう、明日菜である。ご丁寧にネギという名前も合わせて叫んでくれていた――叫んだのを聞き取り、そのまま人が集まってきたのである。それをマスコミが駆けつけて、という悪循環に囲まれた私を、問題の張本人が引っ張りだしてくれた。
「ここまでくればいいかな」
開けた場所に出た。人の姿は不自然な程になく、ネギ君はその場に腰を下ろした。
腕をつかまれたままだった私も、つられるようにして腰を下ろす。
「あ、暑かったですか?」
いつまでも握ったままだったのを気にしてか、申し訳なさそうに呟く。そんな様子が可笑しくて、首を振った。
「あのさ、全然人が居ないんだけど、ここって穴場なわけ?」
暑かった。だけどそれ以上に心地良かったから、ほんの少しの嘘。少しなら、許してくれるかな。
いつも彼の周りには誰かしら女の子がいて。だから理由がないと近づけなくて。
恋人になった今でもそれは同じ。
それでも構わなかった。こうして私だけを見てくれる瞬間が確かにあるから。
「認識阻害の魔法使っちゃいました」
――こうして、二人だけの時間をつくってくれるから。
「だからここには普通の人は入ってこられないようになってます」
「……そっか」
「嫌、でしたか?」
「え?」
思い崖ない言葉に、思わず聞き返す。
「賑やかな方が、僕と二人じゃない方が良かったですか?」
どうしてそんなことを聞くのだろう?
どうしてそんな不安気に揺らいでいるのだろう?
こんなに好きだって思っているのに。ずっと一緒にいたいって思っているのに。
ネギ君はそうじゃないんだろうか。不安になる――。
「そんなことない! 私はネギ君といられるなら、どこでもいいよ」
「……よかったです」
そういったネギ君の顔は、今日一番の笑顔だった。
たまに見せてくれるその歳相応の笑顔に思わず見とれてしまう自分が居て。
隙をついて彼は口付ける。先ほどは頬にだった彼の乾いた唇が、私の唇に当てられる。
今頃になって思い出した。喉がからからだったこと。
唇を放して、ぼうっと目の前の人を見詰める。相変わらずその人は笑顔で。いつも自分はいっぱいっぱいだ。
熱が顔面に集中する。敗北宣言などしたくないのに、このままではしてしまいそうだった。
そんなことを考えていると、彼は片膝を立てて立ち上がっていた。
「喉、渇きましたね。ジュース買ってきます」
笑顔でかけていく少年の背中を、真っ赤になりながら見送る。
「……やられたよ、さよちゃん」
どこか大人で、どこか子供なネギ君に惚れてしまった時点で、自分の負けは決まっていた。




×× END ××

+ あとがき +
今回は短めで。
二人きりになると途端にディープをかますネギ君は、とうぜん朝倉の咥内がからからなのに気付いてましたよ。
というなんとも分かりにくい終わりです。
自分にしてはめずらしいほのぼの系。たまにはこんなのもいいですよね。
それにしてもネギ朝は難しいです。
朝倉さん。ネギ君にメタメタ惚れてますwどうしようってくらい惚れてます。
さて、朝倉がそれほどまでに惚れるような、カッコイイネギ君がかけていたでしょうか?
2007.07.17


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