大丈夫



体中を突き抜けていく、針のように鋭く尖ってそれは突き刺さる。ただの風だった。
それを受けながら、私は目の前で起こる状況を理解できずにいた。隣には明日菜もいた。私と同じように、呆然と突っ立ったままだ。ただ私は、足がそのまま動かないだけなのだが。
「――僕は、刹那さんが好きです」
自分は此処で何をしているのだろう。場違いに、彼と彼女が見える位置、草むらの中でに佇んでいる。呆然と。いや、へたり込んでいる、というべきか。力は既に失われていたのだから。
彼の目の前にいる彼女は、私の良く知っている人物だった。
せっちゃん。そう、彼女の名前を、声に出さずに呟いてみる。――せっちゃん。
もう横の明日菜の様子を窺う余裕はなかった。
熟れ始めた葉が彼ら二人の足元に舞い落ちてくる。それは先ほど自分の元に落ちたものとは違い、落ち着いた、穏かな色合いをしたものだった。
「私も、ネギ先生の事を、ずっと好きでした」
彼の表情が明るくなる。電源を彼女に入れられたみたいに、それは一瞬で笑顔となる。
いつの間にか自らの手が胸元に来ていた。ぎゅっと握り締める右手には力がこもっている。掌に汗。何んでやろう?
その理由は問わずとも理解できていた。
彼が、魔方陣を描かないまま彼女の肩に手を添える。壊さないようにと大切に扱っている。彼女もそれに身を任せてしまっている。
二人の唇が触れ合っても、当然ならが仮契約特有の光は湧き上がらなかった。
これが彼の本気なのかもしれない。自分が無理矢理奪おうとしたときとは違う。
体中が震えて止まらないのは、緊張をしている彼だけではない。自分もだった。
私は名前を呟く。誰よりも愛しい、たった今他の人の物になった、人の名前を。
「ネギ……、くん」
おそらくは誰にも届かないだろうそれは、風に乗ってゆらゆらとあてもなく漂流するのみだった。


夜、明日菜がベッドに潜り、しばらくしてネギ君が就寝の挨拶を投げ掛けると部屋から明かりが消える。
この世界から、光が消える。
それから一時間程経った頃を見計らって、私はベッドの下段から起き上がり、細心の注意を払ってソファーへと歩み寄る。穏かな寝息を立てる大人びた少年――ネギ・スプリングフィールドがそこにいた。
頬に手を添えると、彼はくぐもった声を漏らした。起こしてしまったかと慌てて手を引くが、それは杞憂に終わった。私は再び彼の頬に手を持っていく。
何をしているのだろう、と思う。だけれども手は自立しているのかと疑いたくなるほどに、勝手に動く。
頬から額へ。柔らかい前髪を梳く。それから横へ手をもっていく。結っていた後ろ髪はほどけていた。
何をしようとしているのだろう?
「ネギくん」
どうしようもない思いだけがそこに点在している。あてもなくふらふらと、漂っている。居場所もなく放浪している。どうしようもない。
「なぁ。うち、ほんまは……ネギくんのこと、弟なんて思ってへんかったんよ」
再び頬へと手を戻す。
可愛い、と周りに言って回った。弟みたい、と皆の前でよく抱きしめた。それは、競争が苦手な自分の、精一杯の独占欲の表現に過ぎなかった。
のどかもいた。夕映もいた。せっちゃんも実はと知っていた。一人ずつ、その心の中に彼が住んでいることに気づくと、もう身動きが取れなくなってしまっていた。
競争は苦手。口癖のように、苦笑いをしながらパルとカモくんに言う。うん、そう見える。彼女は返した。
競争は苦手。
だから、皆に好かれる彼とどうしようとも思わなかったし、まして彼が他の女の子と付き合ったところでどうすることもないと思っていた。いつかはそうなるだろう、と心の中で覚悟を決めていた。
堅く堅く、決して結び目が解けないように、結んで。締めて。
これでよし。もう自分は大丈夫。
だがそんなものは、浅はかな幻想に過ぎなかったのだ。彼の、自分以外の人への告白によって、自分はただの姉代わり、もしくはクラスメートの一人でしかなかった事をまざまざと思い知らされる。
初めてみる彼の笑顔と、親友の上気した顔が交互に思い出されて、私は振り払うべく頭をふる。その振動が伝わったのか、彼が小さく呻き声を上げた。
あまりにも無防備すぎるその寝顔に、心が揺さぶられる。ゆらゆらとなんて生優しいものではない。それこそ、肩を思いきりブランコを後ろから押されたように心臓が浮くのだ。
一呼吸して落ち着かせる。今度こそ、と私は覚悟を決めた。
目を覚ますかもしれない。そのことが脳裏を掠めたが、今から行おうとしている行為を中止する手助けにはならなかった。
そう、これで全てを終わりにするのだから。
先ほどまで聞こえていた寝息が収まる。私は腰を持ち上げて膝立ちをした。空いていたもう片方の手を、反対側の頬へと持っていく。
「ごめんな、ネギくん。これで最後やから」
何かが頬を伝って零れたが、そのまま彼の唇へゆっくりとキスを落とした。
京都でしたのと同様、触れるだけのものだったが、あの仮契約とは比べ物にならないほどの想いをこめた口付けだった。

暗闇の中、瞼は落としたままで動けずにいたネギ・スプリングフィールド、彼は目を覚ましていた。私はまだ、そのことに気づいてはいなかった。
夜が明ける。鮮やかな陽の光が、鳥の挨拶と共に窓から差し込んでくる。
私の覚悟が、それをきっかけとして、決意に変わろうとしていた。






×× END ××

+ あとがき +
み、短い。すみません。。ええと、オープニングということで許してやってください。
続くようです。その時はネギ視点でいこうかと。途中で視点変わるのは未熟な証拠ですね。精進します。
いやあ木乃香楽しいね。木乃香ほどトロトロ、訂正、ドロドロが似合うひとはいないと思うんで。
しかも刹那という強力な人物と親友ですし、いろいろと動かしやすいキャラですよ。
だからいつも悲恋ぽくなってしまうのですが。。
たまには純粋に、ネギとのらぶらぶを書いてあげたいです。
2007.02.11


++++ プラウザバックぷりぃず ++++