ごほーこく



「超っ」
早朝という言葉も当てはまらないような薄日が覗く空を見上げていると、遠くで古菲の声が聞こえた。
麻帆良祭も終わり、日常が戻ってきた。
超鈴音が罰を受けることはなかった。先生に連れていかれれそうになった超を、ネギが、あの日のように「僕の生徒に手を出さないで下さい」と言ったのだ。
決め手となったのは、ネギの隣に居た古菲の言葉。
――私の親友に手を出すなら、黙ってはいないアルよ。
ありふれた日々の中の一日。超包子にて屋台に並べる点心の準備をしていると、風の子のように透き通る髪を揺らして少女はやってきた。
声に気づいて振り向くと、古菲が片手を大きく振りながら向かってきていた。
超は手を止めて向き直る。
「どうしたネ。こんな朝早くに」
どれだけの距離を急いできたのか分からない。体力には自信があるだろう彼女が息を切らせている。
膝に手をついたまま古菲は叫ぶ。
「ネギ坊主がっ」
「うん、ネギ坊主がどうかしたカ?」
そこでようやく顔を上げた。その顔中にはいっぱいの笑顔が浮かんでいて、同姓でもどきりとするようなものだった。あのネギが参るのも頷ける。
超は苦笑を噛み締めながら尋ねると、古菲は真っ赤な顔で言った。
「デートに誘ってくれたアルよ!」
「……それは、まあ。嬉しそうで何よりネ」
「うん。凄く嬉しいアル」
それにしても、付き合ってもう何ヶ月も経つというのに、デート一つでここまで喜べる彼女はなんとも微笑ましい。いや、微笑ましいを通り越して飽きれてしまう。
大きく溜息をつきたいところだったが、それはなんとか飲み込む。ここまで嬉しそうな顔をされれば、その気分を害するのは躊躇われた。
「それで、報告に来たのかナ」
放っておけばそのままくるくると回り、悶えそうだった彼女を制するためにも、超は尋ねた。実際はもう悶えていたのだが、ともすればこれ以上酷くなりかねない。
「そんなワケないアルよ!いや、それもあるけど……って、何言わせるかっ」
「勝手に言ったんじゃないか。しかも別に顔赤らめるところじゃないし。というか勝手に作りかけの肉まん食べないでほしいヨ」
「おお、すまんアル。つい手が」
「……もういい。ところで用件は何ネ。そろそろ忙しくなるから相手できないヨ」
そんな悲しい訴えを古菲は聞いていないのか、なおも頬を上下しながら両手を振り回している。器用だった。
ふと見上げた空は青かった。太陽がもう完全に昇っている。
――ああ、現実逃避がしたくなってきたネ。
掛かっている時計で針の位置を確認する。
ふう、と今度は我慢することなくため嘆息をつく。仕方ない、と超はある程度立てていた予想を言ってみた。
「ああ、部屋にでも誘われたのカ。って汚いネ」
ぶほっ、と口から噴出された肉まんを避けながら、首を振る。
「ちゃ、超は凄いアルね。何でもお見通しなんて」
「そんなことないヨ。もしそう思っているならそれは古菲の意識にそういう気持ちがあるだけ。今のはくーを知ってる人なら誰だって、――って。聞いてるか?」
先ほどとはうって変わって俯いている古菲に向かい声を落とす。
陽に照らされ更に輝く金色の髪で大きな瞳を隠して、俯いている。
超はかける言葉に戸惑った。
「くー?」
名前を呼ぶが、そのまま沈黙が続いた。流石に心配になる。あの元気印を背に負っているような少女が、そうでなくとも先ほどまで騒いでいた少女が、前振りもなく大人しくなったのだ。肉まんを銜えたまま。
超は下から顔を覗きこむと、思わず息を呑む。
地面を見て気付くべきだった。常盤色の瞳から、涙がこぼれている。見る間にぽたぽたと土に染み込んでいく。
「き、緊張するアル」
――なんてまぎらわしい。いや、可愛い、というべきか。
「くー。先走りしすぎネ。ネギ坊主にそんな度胸あるわけないヨ」
小さな頭に手を乗せて微笑む。が、そのうちに狼狽していた自分が馬鹿馬鹿しくなったので、とりあえず蹴っておいた。
それでも吹き飛んだりはしないところ流石というところなのだろう。

バカレンジャーな親友を宥めた後、ようやく中断していた準備にとりかかれた。
もう時間もあまりない。カシオペアがこんなときにこそ使えればいいのに。
超は今日何度目かの溜息をつくと、踵を返した。途端狙ったように背中に声がかかる。
「超さんっ」
メガネを鼻にかけ、茶色がかった赤髪を揺らしている少年だった。ネギは先ほど訪れた少女と同じように、顔を赤らめて立っていた。
スーツ着ていなければ少女にも見えるだろう。だがその中身が、勇ましい男の人のそれだと、超は知っている。少年の姿を見て、超は思わず胸元に手をやっていた。
(っと、いかんいかん)
親友の笑顔を思い出す。超は自分をいさめてネギに向き直った。
「やあ、バカップル員よ。ネギ坊主も報告か」
「え?」
目の前の少年は、瞳に浮かぶ不思議という色を隠さずに首を捻った。――確かにお似合いかもしれない、と考えて笑う。
「いや、なんでもないネ」
そんな超を更に不思議そうな顔で眺めるネギは、胸の前で両拳を握り、だけれど慌てて下ろす。
「あのっ、超さん」
「何ネ」
「僕、古老師とキスしたいんです」
「……まだしてなかったのカ」
「まさか」
爽快な笑顔を浮かべながらけろりと言ってみせる目の前の少年に、超は一度真剣に年齢を聞いてみたかった。
空が青かった。陽が回る。
「でもキスっていっても、いつも僕からなんです。たまには古老師からしてほしくて」
それで部屋に誘ったということか。雰囲気がよくなればもしかして、なんて思ったのだろう。
遠くの山を覆い隠していた霧が、だんだんとまばらに散っていく。散在しはじめたそれの様子に、時間の流れを感じる。
このままでは本当に、今日は『超包子』は開店できなくなるかもしれない。
だけれども。
言葉とは裏腹なネギの表情が、隠し損ねた握り締める手が、そのような思考を介入させるのは無粋だと思わせた。
「無理矢理古老師に迫ってるんじゃないかって思ってしまうんです。古老師は優しいから断れないだけなんじゃないか、って」
笑っているのに。どうしてだろう。
超は大きく息を吐いた。古菲を早いところ追い立ててよかった。でなければネギはずっとここで待ち続けていたかもしれなかったから。
なるべく穏かに、目の前の“彼”の名前を呼んだ。
「何を見損なってるネ」
違うと知っている。ただ彼は怖がっているのだと、知っている。
「くーは好きでもない人を受け入れたりしない」
できるだけ落ち着けた声で。
だから、彼の表情は、少しだけ緩んだ。
「ネギ坊主だから受け入れる。それくらい、ネギ坊主が判ってあげないと、可哀想だヨ」
ネギは顔を上げた。自分の顔から昇りきった太陽へと視線を移して、何かを固く決心しているみたいだった。
その心を、覗き知ることは出来ないけれど。どこか嬉しそうな顔で。
自身にも不安や悲哀や、――未練なんてものは感じなかった。
目の前の彼の姿に、ただ見とれてしまっていた。
自分の居所を見失った少年が、人のたった一欠片の言葉でこんなにも変わる事を超は初めて知ったわけではない。
麻帆良武道会の時、父のことで一寸先のことさえ眼に入っていなかった彼は、刹那の一言で自身を奮い立たせた。
容姿の幼さに勘違いをしてしまいがちだけど、その中身は紛れもなく一人の男性で。
それならば古菲のことを、彼が真剣に考えないわけがない。そしてそのことを、気軽に他人に相談するわけもない。
相談しなければならないほどのことだと彼が判断したから、未来でとはいえ血の繋がっている超だから。
軽い口調でその心を覆って包んで誤魔化して、見抜かれる事を恐れた。大人の彼だからこそだ。
――ありがとうございます、超さん
――どういたしまして、ご先祖よ

手を軽く振って彼を見送る。
肉まんは、今日は諦めるのがいい。たまには気を休めることも必要なのだ。
張りつめ続けた心は脆くて、それを教えてくれたのは、苦手な実力行使で止めてくれた、その背中だから。
金色の髪を揺らす少女が浮かんだ。
同時に、ああ、だからあの彼女なのだ、とあらためて考えた。
彼が背負った色々は重く足を引きづるけど、代わりに金色の少女が羽を一本一本丁寧に植えつけているから、少年が堕ちることはない。
「まったく、仕方のないご先祖様たちネ」
かなわない、と。
過ぎ去った背中を眺めながら、超は独りごちた。






×× END ××

+ あとがき +
誕生日話、ということでふざけてみました。たまにはこんなの(会話文メイン)もいいかな、とか。
超がほのかな恋心をネギに抱いていたというのは内緒(ぇ
超は何気に苦労してると思います。つっぱしるハカセはいうまでもなし、世話の焼けるネギに古菲に。
気を抜けば麻帆良祭以来妙に絡んでくる、明日菜や刹那や木乃香の相手。
ああ、苦労人。あっぱれ超鈴音。そんな超が大好きです。
でもこの話の主役は古菲。超っぽいけど、でも中心は古菲。
超との掛け合いは楽しい。カプではなく親友だからこそっていうのが。
余談としては、くーが泣いてたのは、ネギ坊主が真剣だから、ってことです。
そのときにはまだ超はネギの真剣さに気付いていなかったから。
遅れてしまいましたが。。くー、誕生日おめでとう!
2007.03.19


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