雲を切り裂く、白い翼
闇雲に乱立する木の間を走り抜ける。
目の前を同じようにして走っているのは、一人の少女。ただ普通の少女と異なっていたのは、長刀を左手に下げているという点だけ。普通の少女は真剣などもたない。
僕は走る。ただ走る。空に両手を広げている木の葉から漏れる陽を受けながら、僕はただ走る。まだ生えて間もないであろう、若葉を踏みしめながら走る。
それは全て目の前を同じようにして走る少女に追いつくため。
風の魔法で足を強化しているにも関らず、相変わらず追いつけない人。改めて彼女の凄さに感嘆する。
だがこのままではきりがないだけではなく、実力で劣る自分は撒かれてしまうだろう。
僕は自身に対して契約執行を行う。――シム・イブセ・パルス十五秒間。
片足で思い切り踏み込んだ。その瞬間ようやく、彼女に手が届いた。
安心する間はない。両肩を、今度こそ逃げられないように捕獲する。彼女は当然ながら精一杯振り抜こうと暴れるが、それも自身を強化した自分には適わない。いや、それとも彼女は本当に振り抜こうとしなかったのか。彼女が本気を出せば自分くらいすぐに撥ねのけられるはずだった。
「ネギ先生、放してくださいっ」
声を荒げて叫ぶ。それでも綺麗な声だった。
これほどまで感情を露にする彼女を、僕は今まで見た事がなかった。このことがなければ、それは永遠に叶わなかったのかもしれない。そう思えば、感謝すべきことなのだろう。
この状況では不謹慎なことを考えつつも、腕を掴む手に力を込める。
細い腕だった。この腕のどこにそんな力があるのだろうかと考えるが、よくよく感触を確かめてみれば、確かに筋肉は骨周辺にはり巡らされている。普通に生活していたら到底つかないだろうもの。彼女の今までの苦境を物語っている。
苦境。そんな簡単な言葉ではくくれないほどの人生を、おそらく彼女は送ってきている。この年で、一人の人間に命をささげる覚悟をさせてしまっていることが、そもそもの異常。自分の身長以上もあるもある太刀を掲げなければならない、それは、鬼という現実離れした現実に立ち向かうため。
もっとも、それは自分に言えたことではなかったのだが。
僕は一瞬、自嘲の笑みを浮かべたが、すくにもどした。いまはそのようなことを考える余裕はない。一呼吸して、なんとか気分を落ち着ける。
「何故ですか、刹那さん。どうして逃げるんですか」
「本来の姿をみられたものは、その者の前から姿を消さなければならない。烏族の掟なのです」
「そんなの関係ないです。それなら魔法のばれてしまった自分も同じことがいえます」
「それならば分かるはずです。それに、あなただって私と同じでしょう。私は一度見ています。あなたが明日菜さんに魔法がばれてしまったとき、故郷に帰ろうとしていたのを」
僕は生唾を飲み込んだ。忘れたい記憶が甦ってくる。
「でも、僕は帰らなかった」
今の自分のように引き止めてくれる人がいた。それは、誰だったか。
彼女は口を結ぶ。背中からであるため表情は窺えないが、緊張は伝わってくる。
腕を掴む、手に力が入る。
「僕に居てほしいと思ってくれる人がいた。同じように、あなたに居てほしいと思う人がいる。木乃香さんは泣いて引き止めるでしょう。明日菜さんはいい友達ができたと喜んでいました。そして僕も」
風が、空を覆っていた木の葉を躍らせた。陰の位置が変わり、僅かな光がちいさな彼女に差し込んでいる。
彼女を、自分の正面に向かせる。位置を転換するとき、彼女は小さい声を漏らした。
僕は彼女の顔が見たかった。そしてそれは、驚くほど美しかった。光の当たっている部分も、青々しい葉に太陽からの恩恵を遮られている部分も、アーティストが丹念に精製した彫刻品のようだった。異なるのはそれが、微細に変わるということ。相手の言葉や行動で、磨かれたり削られたりするということ。
本当は、その固められたような彫刻の表情が、くるくると愛くるしく変化する事を知っている。だからもっと見たかった。だから彼女の顔を正面にして、見つめた。ムーンストーンの瞳が揺れ動いているところを。
「木乃香さんのこと、これからも守ってください。使命を果たしたなんて、言わないで下さい。本当に使命のためだけなら、あんなにも一心不乱になって守ろうとするはずはない」
訓練された兵隊や護衛ならそれもあるかもしれない。だが彼女は違うだろう。
「ネギ、先生」
いっそう強く吹きついた風に、ザアッっと互いの葉が掠れた。
「僕が刹那さんを守ります。だからもっと、ずっとこにいてくださいよ……っ」
上擦る声を必死に押さえ込んだ。
僕は、自分よりか少し背の高い彼女の後頭部を撫でる。ゆっくりと幼子をあやすように。
そうして彼女が僕に凭れかかってくれる。僕の胸元に、小さな、だけどしっかりした手。
僕はもう片方の手を背中にやった。真っ直ぐな脊柱をしているのは、服の上からでも分かった。彼女はいつも前だけを見て生きてきたのだ。
ただひとりの少女のためだけに。少女を守るために。それが僕には少し寂しかったけれど、そのおかげで今僕は彼女と居る事が出来る。これほど幸福なことはない。
僕は彼女の体を名残惜しみながらも離す。黒髪の下で輝くムーンストーンを、真っ直ぐに見つめた。先ほどのように意図的にではない。離そうと思っても出来ない何かに引き寄せられている。
「刹那さんの翼、見せてください」
白い翼が、烏族では忌み嫌われ避けられたという純白の翼が、空に広がる。
「綺麗です」
僕が言うと、彼女は視線を逸らし自嘲気味に呟いた。
「化け物ですよ。こんなもの、醜いだけなんです」
勢いが強かったせいか、羽は辺り一面に降り注いでいる。その様子は、満開の桜が立ち並ぶ情景を僕に思わせた。
今自分は、強く目を奪われている。
羽が舞っている。そのひとつを手に取り、軽く口付ける。まるで彼女自身にしているような気分だ。
静かに唇を離すと、彼女を見上げた。
「綺麗です、刹那さん」
翼を広げるためにとった距離を、僕は縮めていく。踏みしめる落葉の音が耳に心地良い。
近づいて近づいて、手の届く距離まで踏み込むと、彼女の背に、再び手を伸ばした。翼は抵抗することなく、すんなりと僕の腕を受け入れてくれる。抱きしめると、汚れなき羽が再び空を舞った。
「誰も醜いなんて思いません。少なくとも僕は、この翼も含めた刹那さんが好きです」
肩がじんわりと滲む。彼女の、幼少時からの訓練で凝固していた涙をようやく溶かすことができたのだ。僕は嬉しさに、よりいっそう力強く抱きしめた。
彼女の微かな呟きが、鼓膜を叩く。後頭部に手を置いた。
――ありがとう、ございます。
背中では、いつの間にか追いついてきていたツインテールの少女と彼女の大切な主が、気づかないように僕たちを見つめていた。
×× END ××
+ あとがき +
勝手に設定つくってしまいました。
ほんとはネギは明日菜にバレても逃げようなんてしてませんよね。
記憶をけそうとした。それが魔法使いの間での掟だったから。
とまあネギせつです。ラブラブにしてあげたい。なんでだろう。
ネギもいってるけど、せっちゃんは綺麗だと思う。可愛いっていうよりは。
あ、普段は可愛いんですが!でもふっと顔を上げたら、思わず口をつぐんでしまうくらいの。
鳥族しらべようとしたら、なかったです。関連ごとといえば鳥相撲かな。
とりあえず、ハーフでは子供できませんよね・・・・。どうするんだろう、せっちゃん(ぇ)
2007.02.14
++++ プラウザバックぷりぃず ++++