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大人数での静寂には、一種の不快感がある。
あたりまえでない世界はこうも不自然なのか。
ここ麻帆良学園女子寮では、誕生日の歌が響き渡っている。
主役は左右に鈴をつけた、ツインテールの少女。
笑顔を溢れさせる彼女に、陰が見えるわけもなかった。
「はーっぴいばーすでー、神楽坂明日菜―。はっぴーはっぴーばぁすでー、かーぐーらーざーかあすなー」
生徒の通る声は、心地良く耳に届いてきていた。
主役は中心。笑顔はなく、俯いていた。
どうしたのだろう、とは思わない。ただ彼女のことだから、照れているだけなのだろうと、楽観的に考えていた。
「皆……」
彼女がようやく口を開く。歌もおわり、静まり返った室内で、彼女の声だけがよく響く。
差し迫っていた、ように聞こえた。
―― 明日菜さん?
僕はそう声を掛けようとして、戸惑った。ここで自分から静粛を崩すわけにもいかない。だがしかし。
そんな自分の思惑など無視するかのように、次の瞬間彼女はいつのも笑顔を溢れさせた。
「ありがとう」
一気に安堵が甦っていく単純な自分に、今更嫌悪する。
表面上しか見ていなかったことに、気づいてあげられなかったことに、後悔するよりもまず自分に腹を立てる。
深夜二十三時。生徒の引くクラッカーの音が弾け、あたりはまた喧騒に包まれていった。

幾分か経ち、椅子に腰を落ち着けた僕の肩を、同室に住む黒髪の少女が叩いた。
振り向くと、木乃香さん、その隣には、困ったように笑う刹那さんが立っていた。どうやら相当振り回されたようだ。
僕は少し笑って挨拶をする。
「明日菜がおらへんのん。主役なのにどこ行ったんやろ、……って、ネギくん?」
僕は駆け出していた。
どうにもこの、朝から胸を曇らせている疑心の答えが、そこにあるような気がしたのだ。
そう、それは彼女の誕生日などという楽しいものではなかった。
杖を飛ばして、世界樹の木の枝に、どうやって登ったのか彼女はいた。
こんなにも心情を表してくれていた彼女に気づかない僕が行ったところで、もう、手遅れだった。
原因不明の死。魔法も太刀打ちできない、予告なしの出来事。
そんなものが、どうして世界にあって、どうして彼女を襲ったのか、混乱する自らの頭では解決できず、取り乱すだけだった。
彼女が冷たくなっていく現実。葬られた現実。悪魔に魂を売っても、もう彼女は笑わないという現実。
それから僕は目を逸らすために、涙を流した。
視界をいっぱいに歪ませて、何も見えなくなってしまえばいい。
そう、乾くまで。




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+ 中書き +
まずは序章。次から本格的に入ります。
2007.2.15