アンニュイな日々は幸福の証 ― 後編 ―




今は亡き明石教授の家である彼女の実家に戻ると、朝食の用意が整えられていた。
既にテーブルについている彼女の姿を見つける。
「おはようございます、裕奈さん」
「おはよ、ネギ君。お疲れさま」
笑顔を僕は見る。それは以前のような陽の笑顔ではなかったが、安心の出来るものだ。もちろんその胸に抱えてあるものを知っているから、手放しで浮かれたりはしない。
十分に配慮された笑顔で、彼女は僕を迎えてくれた。
それは従順なペットそのもの。愛しく思える自分が、そしてそれを進んで受け入れる彼女が本当に異常なのか、自信がなくなってくる。
仕方ないと思う一方で、本当は何にも興味がなくて、尻尾を振ってくれる裕奈さんを心地良く思っているのではないのか。
――いつだったか。あれは麻帆良学園で教師をしていた頃、僕は彼女を憧憬の眼差しで見ていた。
まき絵さんが何の気紛れかよく僕に話しかけてくれた頃だ。傍にはいつも、亜子さんかアキラさんか裕奈さんがいた。その中でも特別仲が良いのか、裕奈さんが隣にいたような記憶がある。もっとも、今傍に居るから、そんな気になっているだけかもしれないが。
まき絵さんと同じくらい、彼女はいつも笑顔だった。ただ、まき絵さんの笑顔は太陽のような、といったら月並みだが、今の自分ならば直視できない笑顔を僕に向けてくれていた。
眩しかった、と思い返す。夏の向日葵畑で生まれ、太陽の愛情を受けて育ったみたいな、そんな笑顔に僕は確かに癒され、元気付けられていた。
だがやはり僕は屈折していたのだ。今も前も変わらない。裕奈さんの脆く、触れれば壊れそうな笑顔に僕は惹かれていた。
明日菜さんの背中越しに、彼女の笑顔を見つめていた。確かに幸せだった時間がある。もう取り戻せないほど遠くに沈んでしまったけれど。
食事が終わると、裕奈さんはぽつりと言った。
「今日はどうする?」
返答を気にしないかのような口ぶりに、しばし逡巡してしまう。
「十一時頃から仕事が入ってるんです」
「……そっか」
「すみません」
「いいよ。でも」
食器を流す水音に紛れていても、はっきりと届いてしまう言葉。
「それまでは時間、あるよね」
彼女は水を止め、振り向いた。まるで邪気を含まない笑み。なのにその中に、淫靡な気配が漂っているような気がしてならない。
そうして、その思いを描ける自分を嫌いになる。
どこか近くで、放り投げたはずの鎖が擦れた音がした。
「しようか。ね、ネギくん」
僕は考える事を辞めた。


毎日の繰り返し。
体中ギシギシと縛り付けられながら変化のない日々に、僕は遠い昔をそらに浮かべる。
幸せだったのは、退屈な毎日だった。
自分にとって世界の果てのような場所で裕奈さんと再会した頃、僕は舞い上がっていたのだろう。汚濁を知り、いくらか表情筋は制御できるようになっていたが、それでも笑みが漏れてしまうほどの幸せの中で過ごしていた。
微睡みが僕を快く迎えてくれた。ただそれは微睡み。短い、眠りだった。
あれからしばらく彼女達の世話になった。
何もしないわけにはいかず、木乃香さんを介して学園長に連絡を取り、以来仕事を紹介してもらうようになる。正直、僕にできるのはそれしかなかった。教師はもう、十分だった。
借りたマンション(幸いお金は仕事の報酬が残っていた)に住むようになって、彼女達は僕の部屋に顔を出してくれた。まき絵さんは変わらぬ笑顔で。アキラさんは温和な微笑で。亜子さんは穏かな安らぎを。
皆あの頃と違うのは外見だけだった。中身はあの頃のままだな、とそう遠望していた。
だけど裕奈さんだけは違っていることが、次第に露顕しはじめた。
心に薄いの影を何重にも羽織って、立ち尽くしていた。
――明石裕奈は生まれ付いての魔法使いだった。彼女はそれを知ってしまった。
ただの魔法使いならいい。だか彼女は――。
いつかに似た吐き気を催した。思考が停止を求めている。
僕は気晴らしに、掌の上に風を起こす。破壊力を求めなければ無詠唱も可能だ。
空気をかき混ぜる。頭上で雲が踊る。世界が流れていく。何もかも置き去りにして。
僕は少女を抱く。
無意味に坂を転がっていく。
最中、草が付こうが、泥まみれになろうが、水溜りに落ちようが構わなかった。
僕はくーふぇさんを、抱く。

僕達は抱き合う事が全てだった。
だからそれを棄ててしまえば、あとには何も残らない。
本当にあったのかどうかさえ疑わしい――それはまるで風の足音のように。
あるのは想いだけ。

彼女の頬に、こぼれ落ちる涙。頬に添えられた、暖かすぎる手のひら。
「大丈夫アルよ」
彼女が触れてくる。頬に、瞼に、唇に、触れてくれる。
「この中には、ネギ坊主を悲しませるものなんて何もない」
どこまでも優しく、それは時間を忘れさせてくれて。見詰める大きな瞳に、僕が映っている。
だけど。
「ネギ坊主の気持ちは、分からないけど」
その表情は見えない。
「でも、……私はそれでもいいアル」
涙を舌で掬い取ってくれる。乾くことはない。僕は大切なものを棄ててきてしまったから。
溢れる想い。勘違いでも良かった。きっとそう外れてはない。
この言葉以外、この想いの適切な表現を知らない。
「好き、……です。くーふぇさん」
もう手に余る感情なんて、要らないのだ。
これでいい。これで。

春が来て桜が咲いて。雨が降って夏が来て。いつの間にか秋が過ぎ去って冬がとどまる。
何も考えなくて良い。単純で僥倖な時間。少なくともあの時よりは。
何より、古老師は優しく包んでくれるから。
幸せだった退屈な日々に戻りたいと、もう思わない。





×× END ××

+ あとがき +
うわあ、、くーふぇエンドだ((ごめんなさい
ネギ×裕奈話なのにね。というか最初から相思相愛なのに相思相愛じゃなかったですが。。
相思相愛なんですよ!ネギと裕奈。。見えないかもですが、ね。心がついてかない、みたいなさ。
幸せな二人を書きたかったなあ。なんて今更思います。また今度書きますかな。
自分の中で裕奈ぶーむです。
いや、私はロリなので別に巨乳万歳というわけではないですが、裕奈好きです。朝倉もスキです。楓も好き。
・・・あれ?結構巨乳おおいですな。偶然か。木乃香も刹那も超もすきだし。
裕奈は1・2時間目のゲームで好きになりました。それまでクラスメイト、メイン以外全然名前覚えてないくらいだったので・・・。
元気系が好きらしい。普段明るい元気系の子の、負の部分を書くのが楽しくて。古菲もそうですが。
ネギゆーって良いとおもいませんかv「ネギくーん♪」ぎゅっ。みたいな(ぉぃ? そんであわあわしてたり。可愛いネギくんですが。。
うちの書くネギくんは、「やめてくださいよ」って軽くあしらうか、「誘ってるってとっていいんですか?」って人前では言えない事をするか。どちらにせよ冷め腐って……ゴフゴフ。老成しているんで。
本編で裕奈がネギに対し想いをもっていないのは承知してるところですが、何故か惹かれてしまいます。
武道大会で、対刹那戦で深呼吸するネギに萌え死んでた裕奈とかかなり良かった。
2007.05.14